沖縄が日本の歴史現れるのは、 鎌倉時代に書かれた『平家物語』 で『おきなわ』という言葉は、はじめて登場します。
首里城

琉球・沖縄の歴史概要

修学旅行で訪れる沖縄の歴史を知り、そこからたくさんのことを学ぶ機会にしましょう!

『沖縄』と漢字が用いられたのは、薩摩藩の公文書などで一七世紀ごろから使われていましたが、新井白石の著した 『南島志』(一七一九年)の 中で紹介され一般的に使われるようになったと言われているそうです。
『りゅうきゅう』とは、中国で使われた呼び名で『琉球』の文字が使われ沖縄を あらわすようになるのが、中国の明の時代、一四世紀後半以降のことです。

琉球王国の風景

 琉球王国が誕生する前、沖縄本島は「南山」「中山」北山」の3つの国に分かれていました。 1372年、中山の察度王が初めて中国(明)へ使者を送り、以降中国や日本、東南アジア各国との中継貿易を行い、港には海外や日本から運ばれた品々・外国人で活気に溢れた、この時代を「大交易時代」と呼ばれています。「レキオ」という名前で、ポルトガルの資料にも記録されています。
沖縄の伝統工芸品である焼き物や織物、漆器などの技術も、この時に伝わり育まれてきました。
首里城を中心とした琉球王国は、南山の支配下にあった権力者の尚巴志が初めて三山統一を成し遂げ始まりました。

琉球王国の役人
琉球王国の役人

1609年、ちょうど将軍を頂点とする江戸幕府が始まった頃に、薩摩藩からの侵攻を受けます。長い間平和に過ごしてきた琉球王国は成すすべもなく、薩摩の支配下に置かれることになりましたが、 中国との関係も認められ、独立国の体裁を保ちました。

那覇港
那覇港

明治時代に琉球は沖縄県となり、450年間続いた琉球王国の歴史は幕を閉じます。「琉球処分」と呼ばれております。
徐々に日本への同化政策により、生活のしきたりや習慣を日本風にしようと、沖縄独特の読み方の名字を読み替えたり、沖縄方言ではなく標準語を使うことを奨励しました。
学校では、方言を使った生徒に対して罰として「方言札」という札を首にかけさせたほどです。
天皇は神であるという皇民化教育が進められ、命を張って国を守る「忠君愛国」の精神が人々に浸透していきました。 その後、太平洋戦争へと突入していきます。
はじめ優勢だった日本軍は半年後に劣勢になり、太平洋の島々は徐々にアメリカ軍に占領されてしまいます。

アメリカ軍上陸
アメリカ軍上陸

1945(昭和20)年3月にアメリカ軍が沖縄に上陸しました。
戦争には今の中・高校生にあたる学生が通信兵や特攻切り込み兵として、女生徒たちは補助看護婦として参加しました。

沖縄戦
沖縄戦

6月23日に牛島司令官が自決したといわれ、アメリカ軍は7月2日に沖縄戦の終了を宣言しました。 約3ヶ月に沖縄戦では多くの住民も犠牲になり、当時の人口で県民の4人に1人が亡くなったといわれています。
戦争が終わると、1972(昭和47)年5月15日に日本へ復帰するまで、沖縄はアメリカの統治が27年間続きました。

沖縄戦後風景

アメリカに支配された沖縄の自治権はかなり制限され、強制的に土地を取り上げ米軍基地建設が行われたり、沖縄の人々の自治権や人権が踏みにじられたことが、祖国復帰運動へと導きます。
アメリカに支配されていた沖縄の経済状態は本土に比べ悪く「核抜き、本土並み 返還」が掲げられ、返還されるのですが、しかし今もなお米軍基地が集中し存在しております。

米軍基地
米軍基地

かつて琉球王国として栄え、今現在も日本政府やアメリカ政府との間を行き交いながら、沖縄は複雑な歴史を紡いでおります。

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